まあ雑草そのものは何も悪いことをしているとは思っていないのだろうが、むしろ生きとし生けるものの常として、当たり前の生存の権利を主張しているのかもしれない。しかし親せきが大勢集まる墓前で、草ぼうぼうのお墓の姿は遺族として具合が悪い。生前の随光院が春と秋のお彼岸の前に安波山の中腹まで登って雑草退治をしてくれていた。一方、夫たる唱道院は下世話なことと思ったかちっともお墓に来なかった。この二人が亡くなり墓守がいなくなってしまったので、御年58歳、不肖弟たる私がその役目を引き継ぐこととなった。もっとも遺族会議を開いて決めたのではなく、気仙沼に一番近い仙台に住む私が、そっと手を上げるしかなかった。
気仙沼市の市営墓地は山奥にあるが、車で行けるので、お墓の改修工事をしたとしても、その苦労は大したことはない。しかし旧市街の法玄寺、観音寺、正林寺の墓地はいずれも山の急斜面に造成されている。中でも我が実家の墓地は入沢墓地の最上階にある。確かにここからは気仙沼湾が望めて入船、出船の様子がよくわかる。しかしここへ来るまでに人一人がやっと通れる急斜面の細い道を登り切らなければならない。信心深いトミ婆さんがこの場所を決めたのだろうが、若年ならばともかく老年に近づいた子孫にとって多少難儀である。
まずは工事前と工事後のお墓の姿を見ていただこう。素人の私でも手順を踏めば一人でもできるものだ。


甥たちに私の苦労を分からせるためにも、ぜひ、その作業の手順を本ブログに残したい。最初に本工事で使用した道具を示す。
防草シートの上に置かれているのが、トンカチ、短いスコップ、鍬、ビニール手袋、すのこ、そして4輪がついた作業椅子である。この作業椅子は長時間の中腰の作業に便利だ。もしもこの作業椅子がなければ、すぐに腰痛が始まり、長時間の作業はとても望めなかっただろう。

鍬と短いスコップを使用して雑草を根こそぎとって、土のう袋へせっせと入れた。土のうは全部で18袋も出来上がった。この草むしりで手抜きをすると、あとで防草シートの下から生命力の強い雑草が再び生えてくる可能性がある。できるだけ丁寧にやったので、土のう袋の数も増えてしまった。
掘る深さは墓地の土台のコンクリート面から5cmぐらいにした。下の写真で左下の土台と土の面の高さの違いを見ていただきたい。なお整地する段階で大量の瓦礫が出土したので、この段階が一番時間を費やした。

防草シートは端の部分が後で調整できるので多少長めに張った。はさみとナイフを使って後で切り詰める。防草シートの地面への固定は専用のプラスチックの杭を用いるが、下が固い石だとこの杭がなかなか刺さらない。そこで急きょホームセンターへ行ってトタン屋根用の鉄鋲を調達してきた。写真の左下に見えるのがビニール袋に入った青い鋲である。この鋲を使えば、ほとんどの固い地面に突き刺せることができた。

砂利といっても庭に使うような5色の玉砂利である。最初下の写真にある砂利を10袋用意したのだがとても足らなかった。それで夕方にさらに追加で4袋をこの山の墓地まで運んできた。また撤去した土砂には玉砂利が少し入っていたので、すのこで土を濾してから灯篭の下の地面に使用した。本当は全部新しい玉砂利にしたかったのだが、これ以上玉砂利をお墓まで運ぶ気力が残されていなかった。

異なるアングルから撮った完成後の墓地である。右下の黒い砂利は古い砂利を再利用したものである。いずれも全部同じ玉砂利へ交換する予定だが、今回はここまでとする。

墓地の片隅に浜見旅館で飼っていたポコのお墓がある。角にある比較的大きな石が墓石代わりである。ポコもあの世で兄夫婦と再び巡り合えて喜んでいるかもしれない。

墓地の改修工事について、その費用について補足したい。自分で全部の工事を行ったとして材料費は約10000円程度で済む。問題は私の人件費だが、約2日の工程だった。気仙沼のこの時期は日が暮れるのが早くて、午後4時になると仕事を終了しなければならない。早朝の仕事も午前6時をすぎないと明るくならない。自分のための仕事と思えば、この二日間の業務は決して損とは思わない。そして何よりも天気が良かったのが幸いした。11月の初旬なのに異様な暖かさだった。山の上でもやぶ蚊が酷くて、一時仕事を中断して街のコンビニで防虫スプレーを購入しようとした。しかし11月のこの時期には防虫スプレーは店頭に置いていないといわれた。やむを得ず線香を買ってお墓の周りで焚いた。線香には防虫効果があることを思い出させてくれた。(三)
- 玉砂利14袋 約6000円
- 防草シート(1.5間X1.5間) 約2000円
- その他 2000円